「赤い太鼓橋」
相手の謙遜が鼻につくのは、
自分も相手と同じように謙遜して自分の魅力を削いでいる、
という暗示を受け取るから。
”踊る阿呆に見る阿呆、
同じ阿呆なら踊らにゃ損損”
そこで、
あなたも私も一緒だね、
と喜べば、
一体感の極みがある。
私の一瞬を得た視点は、
”幸せな人は、
一体感を選び、
不幸な人は、
あなたと私は違う、
と
孤独を選ぶのだ”
と伝えたが、
それは
どちらが良いとか悪いとかでもなく、
ただ、
趣味の問題で、
その時、どうしたいかというだけで、
実は、
他人との一体感を選べない時、
必然的な孤独の選択が、
相手との一体感の代わりに、
自分と向き合う機会を得る、
という、
この世で、たった一人の自分を慈しむ、
命の反応であり、
この上ない至福なのかもしれない、
とも思えた。
今、
そのリフレーミングが爽やかな風のように私の心を吹き抜ける。
あの赤い太鼓橋を見た時のように。

#相手の謙遜が鼻についた私に向けてのメタファー
#ポエトリーヒーリング