「北から南へ進む白いボート」
向かう先には誰かが待っている。
そこには今知らない、未知の自分がいる。
未知の自分を知り、
豊かになることを怖れない。
全ての経験に良いも悪いも、
価値が有るも無いも関係なく、
それは自分を知るために起こること。
最悪な自分も
最高な自分も、
全方向で自分を知ることで
真実の場所へ向かっていける。

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純粋な問いかけは、
望みを叶えるための最高の質問。
「何で生まれて来たんだろう?」
しかし、
その意図が自分を責めるためだったら、
ネガティブな生き方への方向づけになる。
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「何で生まれて来たんだろう?」
昨日までは
この問いかけは、
これは私の受精〜出産のトラウマの叫び。
胎内環境が自分にとって不快
=母体の生きる環境が不快
=自分が生まれた後の家庭環境を想像すると不快
→地球に生まれたことを選択した自分を責める
→人生をかけて、地球に生まれたことを後悔し続ける・・・
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「何で生まれて来たんだろう?」
これに気づかない私は、
自分責めのために、この問いを自分に投げ続けた。
でも、
今、私は気づいたから、
問いのエネルギーを
自分の方向性、望む道を知るために変えることができた。
生まれたことを責めるのではなく、
ただ純粋に、私は地球でどんな風に行きたいのか?、
を知るためだけにね。
自分を責めていることにも気づかずに、
ただただ、どんな風に行きたいのか?自問自答しても、
一向に偽りのビジョンしか見えない。
どんな風に?あんな風に?
あの人みたいに?
探っても探ってもビジョンが出てこなくて
焦りばかりに心が埋め尽くされることもある。
しかし、
今この瞬間、に、
ただただ自分であることを感じ、
自分の心の奥の奥の奥の奥・・・を探り続けると、
あの頃の私が叫んでるのを確認する。
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「何で生まれて来たんだろう?」
あの頃の自分に出会うのは、
勇気がいるし、逃げたくなるけど、
探り続けた先に見つけた胎児の私は、
やっと安堵の表情を見せるのだ、
そして、望みを教えてくれるのだ。
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私は
ダイアモンドのような輝きを取り戻す。
もう自分責めはやめて、
楽しむために生きるだけと自分に許す。。
そして
その先の先の望みが今確かに見えなくても、
今この瞬間、全て叶えてると心の底から分かってくる。
そのことがダイアモンドハートの叡智となって、
私を突き動かし続ける。
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そう、
私は、
あの「北から南へ進む白いボート」に乗り、
未来の自分に会いに行く。