「元素記号のラレツ」

自分のことが怖い。

自分のことを知るのが怖い。

自分という人間をさらけ出すことが怖い。

そして、そんなことで怖がっている自分を知るのが、
更に怖い。

怖さで何重にも包まれてて、
マトリヨーシカのようだ。

「まるで自分のことをモンスターだと思ってないかい?」

なるほど・・・。
自分で自分のことをモンスターとして扱ってたんんだな・・・。

それに気づかせる声が聞こえた時、
冷たく震えていた心が静まり、
暖かさを取り戻した。

遡ること、
胎児の頃。

その時のことを、
胎内で完璧に自分を殺して生きていた、
と思い込んでる、今の自分。

そんな自分に、
もう一人の自分が言う。

「はあ?何言っちゃってるの?
完璧って思ってるのは自分だけ。
あなたの強烈なエネルギーが漏れてるから、
母さんは妊娠中毒症になったんだよ」

「チーン・・・」

私は、生まれてから
自分の不完全さばかりに目がいってるのは
自覚しているけど、
胎児の頃の自分は、
今と比べ物にならないほどの、
完璧ぶりだったと、
覚えている。

それは自分が無事に生まれて来るために、
母を死なせては、
自分は生まれてこれないわけだから、
必死なわけで。

でもこれは、あくまでも私の、”主観”、だったのだ。
もう一人の自分のつぶやきが、
そう気づかせる。

そう、
完璧に息を殺せてなかったんだ。
どんなに私は、頑張って、そうしていたとしても、
ただの、”そのつもり”に過ぎなかったのだ。

まあ、
胎児の頃も間違いなく不完全だったことを受け入れるとしても・・・。

息を殺していた自分の辛さは、
トラウマとなって、
その苦しさを
完璧という言葉で記憶を上書きして
自分を美化したのだな。

そうしないと、
やってられない、
人生だったんだ。

そんな自分を見て、
相変わらず自分が、”かまととぶってる”ように見える。
いつまで、良い子の仮面をつけているんだ、
と、
また自分責めしたくなる。

自分責めしてる自分は、
それまでの自分の行動や思考、
在り方を破壊しているし、
究極は、
カマトトぶってる自分の幼稚さを
ある種の、成長の余地があるとリフレーミングすることさえ
自分に許せなかったのだ。

それは、
自分に力を持たせないため。

自分が力をもったら、
生きていけないと勘違いしていたから。

”成長したら生きていけない”、という
歪んだ思考を持ち続けていたからなんだ。

しかし、
どれだけ、思考や認知が歪んでいたとしても、
その思考や認知の歪みが私の生存本能を呼び覚まし、
生きる糧となっていたのだ。
ということにも気づく。

そんな自分について、
「雨傘をもった母娘」が目に浮かぶ。

「希望を持たないことが、希望だった。」

希望が目的地に誘うのに、
目的を持つことを許さず
希望に満ちる時を得るのにためらい、途方にくれる、
という二人の母娘が目に浮かぶ。

そして、
もう一人の自分は、
「太陽に照らされる雪だるま」のように、
今にも溶けてなくなりそうな心と体を、
なんとかして無理やり、全うな人を装って生きていたね。

祈りのメタファーは、
「元素記号のラレツ」

元素記号を眺めていると、
無意識になって、
何も考えられなくなる。

私は化学や数学が不得意で、
数字を見ただけで、
息を殺すように思考が止まる。

そう、胎児の頃に戻りそうになって、
一瞬苦しくなる。

でも、
その無意識って、実は、
天国だったんだよ。

何も考えられないって、
とても心地よくて、
宇宙の中に放り込まれたような感覚で、
生きてることも、死んでることも、
区別がないところに漂えるから。

それは、
命の船が、
トコトコと左から右の岸へ向かうような、
何の特別さもない風景を淡々と眺めるような感じと似ている。

いつの間にか、
あの頃の悲しみや、葛藤が、
ウソののように、消えていく。

あまりにも淡々として、
自分の心も体もこの場から消えていきそうなくらいの瞬間に、
自分ともう一人の自分が真空状態になり、
心の静けさを取り戻し、
偽りの快感から解き放たれるのだ。

その時、
あの頃でも、
未来でもない、
今だけの瞬間に時を留めた自分を得る。